<金融アトラス/a>

金融アトラス

個人の勉強も兼ねて、少しずつまとめます。

「ワンウェイ規制」とは何か

f:id:hongoh:20210316222007j:plain



本ページでは、銀行の「ワンウェイ規制」とは何かについてまとめたい。一言でいえば、銀行が他業種に参入することは厳しく禁じられている一方、他業種の企業が銀行業に参入することは可能であるという、非対称な規制の実態を指す。

 

まずは、そもそも銀行の業務に関する規制はどのようになっているか、から話を始めたい。

 

銀行の「業務範囲規制」

銀行は、その業務範囲について厳しい規制が課されている(業務範囲規制)。具体的には、

 

  1. 銀行の業務範囲は、預金や貸付などの固有業務と、それに付随する業務に限られる(銀行法10条~12条)。
  2. 銀行が子会社にできる会社は、基本的に、金融機関をはじめとした金融関連業務を行う会社に限られる(銀行法16条)。
  3. 子会社化できない会社(一般の事業会社等)について、銀行とその子会社が取得できる議決権の上限は5%であり、銀行持株会社と子会社の合算では合計15%を上限としている(銀行法16条、52条)。

 

ここで、銀行持株会社とは、具体的な業務を行わず、銀行や証券、といった金融機関の株主となり、専らこれらの金融機関の管理を行う会社のことである。いわゆる「フィナンシャルグループ」と呼ばれるものである。

 

「業務範囲規制」を課す理由

なぜ、以上のように銀行の業務内容について規制が厳しく課されているのか。金融庁の「監督指針」には、その理由として以下の3つを上げている。

 

①銀行が銀行業以外の業務を営むことによる異種のリスクの混入を阻止

ある銀行が経営破綻などをしてしまうと、その損失が金融システム全体に連鎖し、システミック・リスクにつながる恐れがある。その意味では、銀行経営の健全性は非常に重要である。よって、むやみやたらに他産業に参入してリスクを取ることに対して、金融システムの安定の観点から規制を課している。

 

②銀行業務に専念することによる効率性の発揮

経済成長や安定のために銀行は極めて重要な役割を担っており、銀行業に専念し効率的な業務を行うことを通じて、銀行本来の目的である金融仲介機能、信用創造機能、決済機能を十分に発揮することが求められるという考えである。

 

利益相反取引の防止

銀行が他業種に参入すると、その業務における銀行の利益と、例えば本来の貸出業務における顧客にとっての利益が対立する恐れがある。そうすると、銀行は自らの利益を優先するあまり、顧客本位の融資行動を行わない可能性がある。

 

いずれにしても、銀行業務の経済における重要性の高さから、銀行が高い公共性を帯びていることが前提となっていると考えられる。

 

「ワンウェイ規制」の概要

前置きが長くなったが、ここで「ワンウェイ規制」の意味について考えてみたい。

 

銀行については上記の通り、他業の参入について厳しい規制が課せられている。一方、事業会社が銀行の株式を保有することについて、特段の規制はない。よって、銀行は他の業務ができないのに、他業種は銀行業を営むことができるという、非対称的な関係が存在している。

 

この「ワンウェイ規制」については、見直しを求める声も多いが、銀行法によって課せられた業務範囲規制を緩めることについては、大きな議論があるのが現状である。

 

参考:金融庁説明資料

 

 

 

投資信託とスチュワードシップ活動・議決権行使の問題

f:id:hongoh:20210407214105p:image

近年、インデックス型投資信託(以下インデックスファンド)に代表されるパッシブ運用が世界的に増加している。巨額なインデックスファンドを複数抱えるブラックロックやバンガードといった資産運用会社が、世界を席巻している状況である。インデックスファンドは一般に低コストであり、世界経済が順調に成長すれば安定的にリターンを出せるので、個人・法人問わず投資家から支持されていると考えられる。

 

投資信託保有する株式の議決権は資産運用会社が持つ

インデックスファンドを中心に投信の運用額が増加するにあたり、投資家の投資先企業に対する行動規範を意味する「スチュワードシップ活動」、もっと言えば「議決権行使」が問題になってくる。

 

株式を運用するファンドにおいては、当然ながら株式を保有することになるので、ファンドを運用する資産運用会社が「株主」となる。多額の資金を有する年金や保険などの機関投資家が、個別株を保有する代わりにファンドを保有することになれば、彼らが積極的に議決権行使を行うことはできなくなる。あくまで議決権はファンドを運用する資産運用会社にある。とりわけインデックスファンドは短期的な売買というよりも長期的に対象銘柄を保有し続けることが前提となっているので、運用者に対してはスチュワードシップ活動がより一層期待されるとの声がある。

 

では、投資信託を運用する資産運用会社においては、議決権を行使するインセンティブはどの程度あるのか。例えばインデックスファンドは、市場に連動することをひたすらに目指すものである。そこで、インデックスファンドの運用者にとっては、個別企業の議案に対して議決権を行使して企業価値を上げようとする特段のインセンティブはない(と少なくとも論理的には考えられる)。

 

運用会社、機関投資家の取り組み

実際には、日本の資産運用会社は、株式を保有している各企業における議決権行使について、社全体としての方針をWebページに公表している。アクティブファンドだから、インデックスファンドだから、という区別がある訳ではない。

 

機関投資家側も、運用を委託している資産運用会社に関して、議決権行使を求めているケースがある。公的年金を運用するGPIFでは、委託する資産運用会社に対してスチュワードシップ活動・議決権行使に関する活動原則を掲げ、資産運用会社に対して積極的な行動を求めている。

 

いずれにしても、今後資産運用会社がスチュワードシップ活動や議決権行使を通じた企業価値向上において重要なプレーヤーとなることは間違いない。

 

参考①:スチュワードシップ活動 |年金積立金管理運用独立行政法人

参考②:公益財団法人 日本証券経済研究所金融商品取引法研究会研究記録第 73 号「インデックスファンドとコーポレートガバナンス

米国の年金や大学で積極化するオルタナティブ投資

f:id:hongoh:20210407201046p:image

 

米国の年金や大学がオルタナティブ資産への投資を増やしている。オルタナティブ資産とは、伝統資産と呼ばれる上場株・債券以外の資産の総称であり、不動産や、非上場株を扱うPEプライベート・エクイティ)、ベンチャー企業に投資するVCベンチャー・キャピタル)、デリバティブ等を駆使して市場の変動に限らず絶対的な収益を目指すヘッジファンドなどがある。

 

ハーバード大学では、2020年の運用資産の約1/4がPEであり、ヘッジファンドは36%にものぼる。一方、上場株へのアロケーションはわずか20%にも満たない。

 

イェール大学でも、ヘッジファンドVCが、それぞれ運用資産の20%以上を占める。

 

米国の大学の運用は、主に寄付金(エンダウメント)が運用原資である。この寄付金が主な運用原資となるため、大学の運用それ自体を「エンダウメント」と呼んだりもする。大学の運用は、短期的なリターンが求められるという性格のものではなく、長期運用が前提となる。オルタナティブ資産は、上場株など伝統資産に比べて換金がしづらく、流動性が低いものの、伝統資産よりも平均的なリターンが高いとされ、こうした長期運用の性格をもつエンダウメントにとっては好都合である。

 

カルフォルニア州職員の退職年金を運用するCalPERSカルパース)では、大学の運用よりはオルタナティブ資産への配分は少ないものの、不動産やPEを中心に15%以上を占める(2020年)。

 

また、20年6月、米国における個人型の確定拠出年金である401kにおいて、PEを投資可能な資産に含める旨を労働省が発表した。

 

このように、米国の大学や年金においてオルタナティブ投資が活発であるといえる。しかし、日本の企業年金などの機関投資家を中心に、オルタナティブ投資への比重は少ない

 

日本の公的年金を運用するGPIFでは、20年度より運用資産の5%を上限にオルタナティブ資産の運用を行うこととしたが、それでも米国に比べれば低水準である。

 

以上のような日米の現状を比べてどちらが良い、悪いという価値判断を行うべきではないと考えるが、今後、オルタナティブ投資への注目は高まっていくことは間違いないだろう。

 

 

 

参考:

ハーバード大学 ポートフォリオ

https://finance.harvard.edu/annual-report

・イェール大学 ポートフォリオ

https://investments.yale.edu/reports

カルパース ポートフォリオ

https://www.calpers.ca.gov/page/investments/about-investment-office/investment-financial-reports

・401kに関する報道

https://www.bloomberg.com/news/articles/2020-06-26/private-equity-is-coming-for-the-6-trillion-401-k-market

・GPIF オルタナティブ資産の運用方針

https://www.gpif.go.jp/investment/alternative/

 

信用取引における追証とは何か

f:id:hongoh:20210316221906j:plain



本ページでは、信用取引における「追証」の仕組みについてまとめたい。

 

信用取引レバレッジの考え方については、以下のページを参考にされたい。

レバレッジとは?てこの原理の様なものとは言うけれど… - 金融アトラス

 

追証とは、信用取引において証券会社に対して追加に差し出す必要のある保証金のことである。どのような時に追加の保証金が必要になるのか、説明していきたい。そのためにまずは、保証金とは何か、取引にあたってどれほどの保証金が求められるのか、について整理することから始める。

 

信用取引と保証金

まず、信用取引においては、自己資金である保証金に、証券会社から借入れる資金を加えることで、少ない自己資金を元手に多額のお金を取引するレバレッジ取引を行うことができる。

 

保証金は、いわば担保のようなものであり、取引による損失がでたら担保から損失を充当する。そうでなければ、お金を貸している証券会社が損失を被ってしまうことになる。保証金は、現金か、株などの有価証券でも認められる。

 

委託保証金率と委託保証金維持率

では、どれだけの保証金が必要なのか。①取引の開始時と、②取引の最中で、必要な保証金の大きさが変わってくる。

①取引の開始時

取引を開始する時、取引する額の30%かつ30万円以上を証券会社に差し入れなければならない。例えば300万円取引しようとするとき、90万円の保証金が必要だ。この割合は委託保証金率という。

②取引の最中

取引の最中も、取引額に対して一定割合の水準の保証金を維持する必要がある。これを委託保証金維持率と言い、最低20%の委託保証金維持率が求められる。

 

f:id:hongoh:20210404014633p:plain

委託保証金維持率

なお、以上に挙げた割合は法定の最低値であり、証券会社によって実際に適用される比率は異なる。

 

追証は委託保証金維持率が下がる場合に発生

ここでようやく本題の追証についてである。追証は、委託保証金維持率が最低水準を下回りそうな時に、追加で差し入れる必要のある保証金のこと。

 

では、取引している間の委託保証金維持率はどのような要因で低下するのだろうか。

 

①保証金として差し出している株などの価値下落

保証金(担保)としている株式などの価格が減れば、いわば分子が小さくなるため委託保証金維持率は低下してしまうので、追証が必要となる。

 

②投資している株などの価値下落

保証金と借り入れたお金を用いて売買を行うのが信用取引であるが、投資した株の価格が下落すると、その損失分は保証金から充当される(下図)。

f:id:hongoh:20210404013600p:plain

委託保証金維持率が変化する状況

そうすると、取引額全体に対しての保証金の割合が小さくなるため、委託保証金維持率は低下する。

 

なお、追証に応じることができず、当初差し入れていた保証金以上の損失が発生してしまうと、その分は証券会社が損失として負わなければならない。こういうときは、証券会社が強制的に取引している株を売却することで、これ以上の損を防ぐことがある。

 

2021年、アルケゴスというファミリーオフィスとの契約で上記のような状態になったゴールドマン・サックスは、取引している銘柄を強制的に売却したとされる。野村証券もアルケゴスと取引をしていたが、ゴールドマンよりも動き出しが遅れ、多額の損失を出したとされる。

 

 追証は、信用取引においてできるだけ避けたいものであることは間違いないだろう。

 

 

 

 

 

 

ERISA法改正に見るESGとパフォーマンスの問題

f:id:hongoh:20210316221706p:plainESG投資はパフォーマンスを向上させるのだろうか。ESG投資とパフォーマンスの関係についてたくさんの実証論文が出されているが、未だに確たるコンセンサスはない状況である。

 

ESGとパフォーマンスの関係について、環境に優しい商品・サービスは今後需要が伸びていくだろうから、ESGに力を入れている企業に投資することで大きなリターンをあげられるかもしれない、という考え方がある。

 

一方、金融の教科書に必ず書いてある「平均・分散アプローチ」は、市場に出回る全ての銘柄を分散させて買うことが最も効率的であると主張する。この観点からみれば、「ESG」という、必ずしも企業の業績と関係するかわからない要素によって取捨選別をすることは、効率性を阻害し、パフォーマンスを押し下げるのではないか、という考え方もあり得る。

 

後者の立場をとったのが、トランプ政権自体の米国の労働省だ。労働省は2020年、企業年金における運用者やアセットオーナーに対する規制であるERISA法において、受託者はあくまで受益者のために金銭的なリターンのみを追求するべきで、ESGという要素が金銭的であるとみなせる場合は限定的だ、という旨を明記した改正案を提案し、大きな議論を巻き起こした。2020年7月30日までに実施されたパブリックコメントでは、1,500件以上の意見が提出され、過半数が改正案に否定的なものであった。

 

こうした意見もあり、最終的には「ESG」の文言は削除され、20年末に改正された。しかしながら、依然として金銭的な要素によってのみ投資判断をするべきであるという内容が明示的になったことにより、年金基金にとってESG投資が難しくなっていることは事実である。

 

とはいえ、21年3月現在では、改正法のさらなる修正を行う予定であり、当面施行はしない見通しであるという。今後、バイデン政権下で方針が軌道修正がされる可能性は十分にある。

(参考記事:https://www.natlawreview.com/article/dol-will-not-enforce-trump-administration-s-erisa-esg-investing-and-proxy-voting

 

以上の動きは、「ESGはパフォーマンスを向上させるか」という本質的な問題を提起している。

 

日本においてはGPIFが2017年より株式や債券など全ての資産でESGの要素を考慮して投資することを表明した。基本的には、年金基金などアセットオーナーは、ESGとパフォーマンスとの関係がどのようであるかに関わらず、責任ある投資家としてESG投資を考量せざるを得ない流れができているように思われる。世界的な潮流として、ESG投資を投資家がどのように位置づけていくのか、注目していきたい。

 

参考:月刊資本市場2020年11月号「ESG投資を減退させる労働省のERISA法改正案」

ESGとパフォーマンスの関係

f:id:hongoh:20210316221549j:plain

ESG投資は高いパフォーマンスを生むのだろうか。ESG投資とパフォーマンスの関係についてたくさんの実証論文が出されているが、未だに確たるコンセンサスはない状況である。

 

近年、「ESG」の名前を冠するファンドの組成が増えているが、「ESG」であることがパフォーマンスの向上に必ずしも寄与しないとすると、そのファンドの目的とはいったい何なのだろうか。投資信託は投資家にパフォーマンスを提供することが唯一にして絶対の存在理由ではなく、「投資を通じた社会貢献」も目的の一つということなのだろうか。

 

ESGとパフォーマンスの関係について、環境に優しい商品・サービスは今後需要が伸びていくだろうから、ESGに力を入れている企業に投資することで大きなリターンをあげられるかもしれない、という考え方がある。

 

一方、金融の教科書に必ず書いてある「平均・分散アプローチ」は、市場に出回る全ての銘柄を分散させて買うことが最も効率的であると主張する。この観点からみれば、「ESG」という、必ずしも企業の業績と関係するかわからない要素によって取捨選別をすることは、効率性を阻害し、パフォーマンスを押し下げるのではないか、という考え方もあり得る。

 

後者の立場をとったのが、トランプ政権自体の米国の労働省だ。労働省は2020年、企業年金における運用者やアセットオーナーに対する規制であるERISA法において、受託者はあくまで受益者のために金銭的なリターンのみを追求するべきだ、という旨を明記した改正案を提案し、大きな議論を巻き起こした。

 

一方、日本においてはGPIFが2017年より株式や債券など全ての資産でESGの要素を考慮して投資することを表明した。基本的には、年金基金などアセットオーナーは、ESGとパフォーマンスとの関係がどのようであるかに関わらず、責任ある投資家としてESG投資を考量せざるを得ない流れができているように思われる。

ERISA法とは何か

f:id:hongoh:20210316220916p:plain

ERISA法(Employee Retirement Income Security Act)とは、1974年に制定された、企業年金に加入する従業員が有する受給権の保護を目的とする米国の連邦法(州法とは異なり国全体に対して効力を持つ法)で、企業年金を広く規制している。

 

ERISA法におけるキーワードは「フィデューシャリー・デューティー」である。フィデューシャリー・デューティーとは、「他者の信認を得て、一定の任務を遂行すべき者が負っている幅広い様々な役割・責任の総称。」と一般に定義されるが、エリサ法は企業年金において、フィデューシャリー・デューティーをどのように規定しているのだろうか。

 

企業年金におけるプレーヤー

その前に、米国の企業年金におけるプレーヤーについて整理してみたい。

大きく分けて、受益者、委託者、受託者、に分類される。

 

①受益者

退職後年金を受給する従業員

②委託者

従業員に年金を支払い、現役時に従業員が拠出する年金保険料を預かる年金基金アセットオーナーとも呼ばれる。

③受託者

委託者より依頼を受け、実際に資金を運用する資産運用会社

 

②の委託者(年金基金)は、様々な投資資産を保有し、利益が最大になるようポートフォリオを構築するが、それぞれの投資資産において高度な運用を行うことは一般に困難であり、③の委託者(資産運用会社)に個々の運用を委託する場合が多い。

 

ERISA法におけるフィデューシャリー・デューティー

ERISA法では、委託者である年金基金と受託者である資産用会社に対して、最終受益者へのフィデューシャリー・デューティーを課している。資産運用会社は、受給者とは接点を持たないにもかかわらず、である。年金基金も資産運用会社も、最終受益者を最優先して業務を遂行しなければならない、ということである。

 

さらに、具体的には以下の義務を果たすことを年金基金、資産運用会社に対して求めている。

 

〇忠実義務

専ら最終受益者に利益を与え、年金プランの管理費用を合理的なものとすること

〇注意義務

同等の能力を有し、同様な事情に精通している思慮深い者が、当該状況において用いることとなる配慮、技能、思慮深さ、熱心さをもって職務を遂行すること

分散投資義務

リスク回避のために、その行う投資を分散させること

〇規約遵守義務

年金プランに関連する規約を遵守すること

 

出典:金融庁資料より

 

 以上、ERISA法は、徹底的に最終受益者のために「利益」の追求を求めていることが分かる。特に、「分散投資」をすることを明文化している点は特筆に値する。このように、年金基金、資産運用会社に対して厳格なフィデューシャリー・デューティーを課す法律は日本にはない。