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金融アトラス

個人の勉強も兼ねて、少しずつまとめます。

「貯蓄から投資」の目的とは?

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日本において「貯蓄から投資」が叫ばれて久しい。かつての銀行中心の金融システムから、市場型の金融システムへの転換を図る目的で90年代後半から提唱されたスローガンであるが、具体的に「貯蓄から投資」を通じてどのようなことが期待されていたのか。

 

○家計側からの視点: 金融所得の拡大

「貯蓄から投資」の家計側から見たメリットは、金融所得の拡大である。預金に預ければ数%の利息がつく時代とは異なり、長引く低金利環境の中で、預金だけでは資産がいっこうに増えない。また、少子高齢化が進む中で、将来の年金受給も不確実性が大きい。こうした中、労働所得のみに頼るのではなく、長期積立分散投資によりリスクを軽減しながら預金以外の資産に投資をすることで金融所得を得ることが推奨された。NISAやiDeCoといった制度は、その帰結であるということができる。

 

○企業側からの視点: 資金調達手段の多様化、リスクマネー供給の活性化

企業側から見たメリットについて見てみたい。まず、初歩的な経済学の教科書に必ず出てくる「生産関数」という概念がある。一国の生産量(GDP)は、資本投入量、労働投入量、そして全要素生産性(いわゆる技術進歩と解釈できる)によって決定される、というものだ。


その国で生産活動を行う企業において、 以上の3要素が上昇すれば、ひいては国全体が成長できることになる。


日本の高度経済成長時は、継続した人口増加に伴う労働投入量の増加、多額の設備投資による資本投入量の増加が、企業の成長の鍵であった。このようなフェーズにおいては、銀行を中心とした金融システムが効果的に機能する。


将来の成長の見込みがある企業に対して銀行が融資をし、企業はそれを受けて設備投資や人員の増加を実施し、着実に事業規模を増加させていく。 銀行は過度なリスクテイクに陥ることなく、着実に収益をあげることができる。
 
しかしながら、経済が成熟し、成長率がフラットになり、人口減少が続く昨今においては、資本蓄積や労働投入を増やしていくのは容易ではない。 こうした段階において、経済成長の重要な要素となるのは技術進歩、さらに言えばイノベーションである。


そのため、イノベーションを起こす企業にお金が集まる環境が整備されることが重要であるが、銀行がこの担い手になるのはハードルが高い。銀行からの借入金は、基本的には将来必ず返さなければならない。ただし、企業が将来確実に顕著な技術革新を達成できるかどうかは不透明であり、 どの企業が技術革新を成し遂げられるかを予測するのは難しい。


このように、「将来うまくいけば大成功となるけれども、うまくいかない場合もある」といった企業に貸し出しを行うの銀行にとってはリスクである。こうしたいわゆる「リスクマネー」の供給の担い手は、銀行ではなくマーケットを通じて株式等に投資する投資家である。具体的には、大規模な資産運用会社・機関投資家や、ベンチャーキャピタルプライベートエクイティなどである。

 
成熟した経済において経済成長を実現させるには、イノベーションが不可欠であり、そのためには市場を通じて投資家が直接投資先を決定する「 直接金融」の仕組みの方が適していると考えることができる。そのため、国全体として市場型金融の比率を高めよう、というのがもう一つの目的であるといえる。

 

 

「貯蓄から投資」というスローガンは、家計・企業双方への波及効果を想定したものと考えることができる。