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先物主導の株価指数の変化とは

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マーケット情報などでしばしば、「先物主導で日経平均株価が値下がりした」といった表現を見かけることがある。この「先物主導」とはどういうことなのか、本ページでは考えてみたい。先物取引が現物の株価にどのようなメカニズムで影響を与えるのだろうか。

 

そもそも先物取引とは

先物取引とは、価格が変動する商品等の将来における売買において、現時点で取引価格を事前に決める取引のこと。日本では江戸時代より、米の取引価格の変動に備えて将来の取引価格をあらかじめ決める取引が行われていた。この取引を行うことで、例えば米の販売者にとっては、収穫時の取引価格が大幅に下落することによる売上高の減少というリスクを防ぐことができた。これは先物取引の原型とされる。

 

それでは、先物取引にはどのような特徴があるのだろうか。

 

先物取引の特徴

「売り」から始められる

通常、モノや株など現物の売買の際には、まず現物を「買って」、それから「売る」ことで、利益(あるいは損失)を確定できる。しかし、先物取引の場合、現物の受渡しを行わずに、売買により生じた価格差に相当する金額の授受のみでの取引が可能である。これを「差金決済」という。

 

例えば、Aさんが10日後X株を100円で購入する約束をBさんとしていたとする。10日後、株価が120円になっていたので、Aさんはその株をすぐさまBさんに売却したとする。ここで、Aさんは20円の利益を確定できた。ここで、現物であるX株のAさん、Bさん間の引き渡しは行われず、差額である20円をBさんがAさんに支払うだけで、取引を終了させることができる。

 

X株についての取引なのに、X株の現物それ自体は取引には登場しない、こういった取引が可能なのである。

 

この特徴により、先物取引においては、「売り」から取引を始めることができる。通常何かを「売る」には当然モノを保有してないといけないが、先物の場合はまずモノを買って保有する必要がなく、最後に差金決済を行えば良いからである。売りから始めたければ、上記と逆の動きをすれば良いというわけだ。

 

 

「指数」を売買する

先物取引において、TOPIXや、日経225など、「株価指数」の売買が可能である。「指数を売買する」というのは直感的にイメージしづらいかもしれない。株価指数を構成する数百・数千種類もの現物株の受け渡しをいちいち行うのは、非常に困難である。しかし、上述の「差金決済」を行うことで、現物の引き渡しをせずに取引を成立させることができる。結果として、この「株価指数」の売買が盛んに行われている。

 

少ない元手でから始められる

先物取引は、少ない元手で大きな金額を取引することができるという特徴も有する。「証拠金」という担保を証券会社に預けることで、満額を支払うことなく、証拠金より大きな金額の先物の取引が可能となる。

 

このように、先物によって機動的かつ柔軟な取引を行うことができる。こうした特徴を持つ先物取引は、現在マーケットにおいて活発に行われており、日本のマーケットにおいては、特に海外の投資家が積極的に先物取引を活用し、巨額な資金を元に日経やTOPIX先物を取引している。

 

 

現物価格に影響を及ぼす裁定取引

では、先物取引がどのような経路で現物の価格に影響を与えるのだろうか。鍵となるのは、現物価格と先物価格の間の「裁定取引」の存在である。この裁定取引について理解するために、先物価格と現物価格の関係から、順に見てみよう。

 

先物価格は最終的に現物価格と等しくなる

まず前提知識として、先物価格は最終的に現物価格と等しくなるという点が重要だ。先物取引とは、株や金などの商品をある定められた価格で将来のある時点において購入・売却することができる取引であった。この「将来のある時点」を仮にX日後としたとき、X=0であれば、その時点において先物価格で直ちに決済しなければならないことを意味するが、これはその時点で現物を取引するのと結局同じことになるので、先物価格は現物価格と一致するより他ない。

 

裁定取引」がもたらす先物価格と現物価格の関係

一つの思考実験として、今、30日後に満期を迎える金の先物価格が、現時点の現物価格より著しく高かったという状況を想定する。このとき、次のような売買を考えてみたい。

 

現時点において①先物を売る(=30日後、先物価格で金を売ることを約束する)と同時に②現物を買い、30日後に③先物を買戻すともに④現物を売るとする。

 

このとき、上記の理由から、③と④の価格(満期時点における先物価格と現物価格)は等しくなければならないので、

 

先物の売買益+現物の売買益=(①ー③)+(④ー②)=①ー②

 

の分だけ、すなわち現時点における先物価格と現物価格の差だけ、利益を生むことができる。ここで重要なのは、①も②も現時点の価格である、という点だ。つまり、将来の価格(③、④)の変動によるリスクを取ることなく、今わかっている価格だけで確実に利益を得られるということだ。

 

これは、③=④であるという性質を利用して利益を上げているわけだが、このことにマーケット参加者が気づくと、皆金利を払ってまで(つまり借金して)資金を調達し、上記の取引を行って利益を得ようとするだろう。このように、同一商品の価格差(あるいは金利差)を利用して利益を得る取引を「裁定取引」(アービトラージ)という。

 

皆が裁定取引をしようとすると、先物を売る人が続出し、結果的に市場原理により先物価格はどんどん下がっていく。ではどこまで下がるかというと、上記の取引においてマーケット参加者が支払わなければならない金額とつりあう水準まで、つまり現物価格(②)に金利を上乗せした分の金額まで、価格は下がり、結果的に上記の取引による利益はゼロとなる。

 

これがいわば「均衡」の状態となり、ここから先物価格が決定される。つまり先物価格は、現物価格に金利のコストを加えたものと等しい、ということに基本的にはなる。

 

ここで、改めて公式を見てみる。

 

先物理論価格=現物価格×〔1+(金利などの調達コスト-配当金などの収入)×(決済までの日数÷365)〕

 

一般に金利は年率で表されるが、例えば満期が1ヶ月の場合は年率の12分の1が金利として支払うコストになるので、式には(決済までの日数÷365)が加わっている。

 

さらに、現物として株式を保有している場合には、配当金が満期までに支払われる可能性がある。その分だけ、金利によるコストから差し引かれる。

 

以上により、先物の理論価格は導出される。

 

先物主導」のからくり

以上で、「先物主導」で現物価格が動く理由が明らかとなる。

 

例えば日本経済の先行き不安が高まれば、巨額な額の先物取引を行う海外投資家の影響もありまず先物価格が下落する。そうすると先物価格と現物価格に乖離が生まれる。先物価格の方が現物価格より相対的に低ければ、上記の裁定取引が働き、先物が買われ現物が空売りされることにより、現物価格も下落する。反対に先物が上昇する場合には、裁定取引を通じて現物価格に上昇圧力が高まる。

 

 

(参考):

日本経済新聞『取引中に日経平均が急落 先物主導の仕組みを解明 売り建て、証拠金、裁定取引 疑問をすべて解消する先物入門』2020年10月6日