<金融アトラス/a>

金融アトラス

個人の勉強も兼ねて、少しずつまとめます。

金融システムの安定について

 

本ページでは、英語で「financial stability」と呼ばれる概念について考えてみたい。日本語では「金融安定化」と訳される場合もあるが、「金融システムの安定」と表現されることが多い。

 

Financial stabilityとは

Financial stability とはどのような概念か。例えば米国FRBのパウエル議長は2018年のスピーチでこのように言っている。

A stable financial system is one that continues to function effectively even in severely adverse conditions. A stable system meets the borrowing and investment needs of households and businesses despite economic turbulence. An unstable system, in contrast, may amplify turbulence and prolong economic hardship in the face of stress by failing to provide these essential services when they are needed most.

(原文に下線を追加)

 

金融システムが安定している時、経済に何らかの負のショックが生じていても、人々や企業の資金の調達・運用のニーズを満たし続けることができる。しかし金融システムが不安定な(脆弱な)とき、ある経済的なショックによる影響が増幅し、かつ長期化してしまう可能性がある。

 

ショックによる影響の増幅と長期化

金融摩擦が存在するとき、ショックによる影響が増幅・長期化する可能性がある。金融摩擦とは、資金の余剰主体から不足主体への資金供給が円滑に行われない状況と考えることができる。このとき、資金の不足主体(企業)は借入制約に直面し、必要な資金を全額調達できない状況が発生する。金融摩擦が想定する具体的な状況は、例えば借入に際しての担保制約(保有している資本ストック以上は借入できない)や、借り手と貸し手の情報の非対称性などが考えられる。

例えば生産性に負のショックが一時的に生じ、資金需要が減少、資本ストックの水準や経済全体の生産量(GDP)が下落し、企業のキャッシュフローや自己資金が減少したとする。その後ショックが解消し、企業がショック前と同様に設備投資を行おうと考えたとしても、金融摩擦(借入制約)のせいで本来必要な分の資金調達ができず、生産量が直ちには回復しない。よって、少しずつ生産を回復させることを強いられるので、一時的な負のショックによる影響が持続することになる。

また、ショックが解消した後、借入制約の存在によって設備投資の需要が回復しない場合、資本財の価格は減少し、担保価格や自己資金を下げることになる。これがさらに設備投資の需要を減少させ、、、というように、一時的なショックによる影響が増幅することが考えられる。

以上のように、金融摩擦の存在が一時的な経済的ショックによる影響を持続・増幅させる効果を持つ。

 

レバレッジ流動性

金融システム(と実体経済)におけるショックを持続・増幅させる主な要因に、過度なレバレッジ流動性リスクがある。

 

金融機関のレバレッジが高い(自己資本比率が低い)と、何らかのショックによって資産価値が減少した時に債務超過に陥る恐れがある。こうした状況下では、金融機関は新たな貸出を渋ることが予想される。このとき、企業に借入制約(金融摩擦)が発生し、設備投資・生産量の減少に繋がり、その後上記と同じようなメカニズムでショックの影響が持続・増幅される恐れがある。

 

また、金融機関は構造的に流動性リスクを抱えている。金融機関は、いつでも引き出しに応じなければならない(つまり流動性の高い)預金によって資金を調達し、すぐには換金が難しい(つまり流動性の低い)貸出等によってその資金を運用している。つまり、資産と負債で流動性にズレがあり、これを流動性ミスマッチという。この流動性ミスマッチは銀行が本質的に抱える流動性リスクであり、例えば経済的なショックが起きて一斉に預金者が預金の引き出しを求めた時、それに応じるために資産を換金しなければならないが流動性が低いために換金できず、最悪の場合破綻してしまうといった恐れがある。


ある銀行における流動性リスクの顕在化は、金融システム全体に影響を及ぼす可能性がある。例えば、ある大規模な銀行が預金の流出に対応するために保有資産を低価格で投げ売った場合、市場の資産価格の下落を通じて他の銀行のバランスシートも棄損し得る。各銀行の財務状況が悪化し、預金への不安が市場全体に広がった場合、各銀行は急激な預金の流出に備えてキャッシュを手元に保有しようとする。その結果、インターバンク市場は機能しなくなり、各銀行の資金調達はますます困難となる。2008年の金融危機の一つの理由として、銀行がインターバンク市場等の短期の市場性調達に依存していたことが指摘されている。このように流動性の危機が悪循環の中で増大していく恐れがある。さらにこうした状況下では銀行は貸渋りをするようになり、やはりショックによる実体経済への悪影響が持続・増幅されることとなる。

 

こうした過度なレバレッジ流動性の不足は、金融システムにおける脆弱性と考えることができる。また、金利や資産価格、企業のデフォルト率などは、金融システムに与える潜在的なショックとなり得る指標であり、注視する必要がある。各国の中央銀行は、これらの金融システムにおいて重要な指標をモニタリングし、Financial Stability Reportとしてまとめている。

 

(参考):

Speech by Chairman Powell on the Federal Reserve's framework for monitoring financial stability - Federal Reserve Board

Brunnermieir, Eisenbach, and Sannikov(2013), "Macroeconomics with Financial Frictions: A Survey," in Advances in Economics and Econometrics, vol. 2, Applied Economics: Tenth World Congress, Cambridge University Press.