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金融アトラス

個人の勉強も兼ねて、少しずつまとめます。

機関投資家が負う受託者責任について考える

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年金をはじめとする機関投資家が、お金を預けている受益者に対してどのような責任を負っているのだろうか。

 

日本における考え方

日本の機関投資家においては、「損をしないこと」が特に重要視される風潮にあるように思われる。高いリターンをあげるよりも、確実に、元本が減らない運用である。公的年金を運用するGPIFは毎年運用成果を公表するが、単年度でもマイナスが出てしまう年には、メディアに大きく取り上げられてしまう。しかし、長引く低金利環境下、安全資産だけではほとんどリターンをあげることが難しい状況の中で、そうも言っていられない事情もある。GPIFはかつて資産のポートフォリオの中に日本国債が最も多く組み込まれていたが、近年では株式や海外債券の比率の上昇に加えて、オルタナティブ資産への投資も増やしている。

 

米国における考え方

一方アメリカでは、「分散投資をしてリスクを抑えながらも、リターンをあげること」が重要視されている。米国において企業年金を広く規制するERISA法(Employee Retirement Income Security Act)では、リスク回避のために、その行う投資を分散させることを定めた「分散投資義務」が存在する。「損をしない」ことを重要視する風潮が日本において現にあるとするならば、それは米国の考え方とは大きく異なることになる。

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「ESG」という論点

最近では、環境問題やガバナンスについて世界的に関心が集まっている中で、「ESG」を考慮して投資を行うことも、受託者に対する責任に含まれるのではないか、という議論もある。しかし、「ESG」という、必ずしも企業の業績と関係するかわからない要素によって取捨選別をすることは、効率性を阻害し、パフォーマンスを押し下げるのではないか、という考え方もあり得る。この立場をとったのが、トランプ政権自体の米国の労働省だ。労働省は2020年、企業年金における運用者やアセットオーナーに対する規制であるERISA法において、受託者はあくまで受益者のために金銭的なリターンのみを追求するべきで、ESGという要素が金銭的であるとみなせる場合は限定的だ、という旨を明記した改正案を提案し、大きな議論を巻き起こした。2020年7月30日までに実施されたパブリックコメントでは、1,500件以上の意見が提出され、過半数が改正案に否定的なものであった。

 

 

 

多くの人からお金を預かって運用を行っている機関投資家は、どのような義務を負っているのか。お金を預けている個々の受益者の間でも考え方や価値観は分かれるだろう。各機関投資家のそれぞれが何をもって受託者責任とするのかという方針を打ち出すとともに、日本においても米国での議論のように、国としての考え方を示す時期が来ているのかもしれない。